アラハバキを考える

アラハバキ神社は津軽から出雲、土佐、壱岐、伊予まで日本全国150社以上あり、
アラハバキは関東と西日本には客人神として
日本神話に出てくる神と立場が逆転いるような形であります。

アラハバキの拡散はヤマト、吉備、甲斐、信濃などに点在する神武以前のヤマト系神社や
後に勢力を伸ばした山陰の出雲系より圧倒的に広範囲です。
やはり日本列島の縄文から続く社のない自然崇拝の形を
天孫系などの神に取り換え、社のある神社形式に人為的に行った感がありますね。
仏教が入ってきて、日本古来の宗教の模索していた物部氏などの知識人や
6世紀の蘇我氏と物部氏の神仏対立などが絡んでいるかもしれませんね。

縄文晩期に津軽の亀ヶ岡文化による遮光土器と亀ヶ岡土偶の拡散が畿内までありましたから
津軽の亀ヶ岡文化による信仰形態がアラハバキとも考えられますね。
また関東地方では縄文晩期に大きな人口の減少がみられますので彼らの拡散により
アラハバキが広がったのかもしれません。

ところで出雲系の神をまつっている諏訪大社の祭政体はミシャグチ神と呼ばれており、
樹、笹、石、生神や大祝に降りてくる精霊を中心に営まれているようです。
神事や祭祀はほとんどが
土着信仰(ミシャグチ神、蛇神ソソウ神、狩猟の神チカト神、石木の神モレヤ神)ですね。
縄文から続く自然崇拝≒古神道の流れでしょう。

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