東日流外三郡誌を解く

東日流外三郡誌とは東北地方の古代を記録したとされる古書ですが
検証してみましょう。

①南部のツボケを津軽にもってきていますね。
都母の国と言われるところは三沢市から八戸市までの旧南部領の地域ですね。

②神武に成敗されたナガツネヒコ(大和の豪族)が津軽にやってきた話は
他の文献、言い伝え、地元の風土紀、神社などには全く出てきてません。
神武がヤマトに入る前から行われていた三輪山信仰や地元の豪族の磯城氏の痕跡が
津軽、東北にまったくありませんね。
一方兄と言われるアビヒコ(安日彦)は
平泉雑記や藤崎系図では津軽につながったとあり、
平安時代の奥州の安倍宗任の祖と考えられます。
盛岡市安倍館街や郊外の安比など関連する地名が残っていますね。
ナガツネヒコの津軽入りは
平泉雑記や藤崎系図を読んだ作者が
アベヒコをナガツネヒコに入れ替えた創作と考えられます。

③津軽王国が2700年前にできるなどは、
記紀を読み、皇紀2600年を意識した作者の捏造ではないでしょうか。

④津軽にアラハバキ王国がナガツネヒコによって作られたとありますが
上記のようにナガツネヒコが津軽に来た裏付けがありません。
アラハバキ神社は津軽から土佐、壱岐、伊予まで日本全国150社以上ありますが、
最多数は関東であり津軽ではありません。
アラハハキは古神道にちかい自然崇拝で6世紀の神仏戦争で
物部氏などが神社の格をあげるため、
アラハバキ神を天孫系の神と入れ替え朝廷に取り入ろうとしたと考えられます。
アラハバキの名前の秘密は不明、当時の物部氏が知っているのではないでしょうか。

⑤アラハバキ王国が1夜にして津波とともに消えたとありますが
飛砂が堆積し衰退した中世津軽の十三湊(13世紀-15世紀)のことでしょうか。
またはつがる市沖に沈んでいる人工建造物らしい物体と関係があるのでしょうか。
この件は京都の冠島沖、福岡の沖ノ島沖、与那国島沖、島根の日御碕沖と
同様、海底に人工物らしきものが発見されており徹底解明してほしいですね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です