ロシアでは北方領土問題はどう伝わっているか?

日本側の主張は

①1945年8月9日、ソ連が日ソ中立条約を破って参戦、条約違反である。

②1945年8月14日のポツダム宣言受諾後、
 8月28日から9月5までソ連が北方4島に侵攻。

③当時島にはソ連人はおらず、日本人17000人が住んでおり、
 法的根拠がないまま強制的に退去させられた。

5月20日のプライムニュースでキャスター反町理氏が、
ロシア駐日大使エヴゲーニー・アファナンエフ氏に上記の点を問いただしましたが、
経済文化交流面を強調されうまく逃げられました。
更にエヴァゲーニー氏は同席者の元外務官僚東郷和彦氏(京都産業大学教授)が
よく知っていると話を彼に飛ばし、
なんと東郷氏も経済文化交流を主張し見方変えることが必要だなどと力説し、
全く議論になっていませんでした。
国民に分かる形で議論をぶつけ合い、解決策をさがすべきですね。
お互い言いたいことも言わないで、東郷氏は何が見方を変えることなのでしょう?

結局エヴァゲーニー氏は
ロシア側は北方4島の問題をどう見ているかさえ話しませんでした。
反町氏はもっと突っ込むべきでしたね。

ところで議論をあらぬ方向へ誘導した東郷和彦氏というのはどういう人物でしょう?

WIKIDEDIA抜粋です。

  • 先祖は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に捕虜になり島津義弘の帰国に同行した朝鮮人陶工で、姓を朴(パク、ぼく)としていた。陶工達が集められた「苗代川」(現在の日置市東市来町美山)と呼ばれる地域では幕末まで朝鮮語が使われていたという。曽祖父の朴寿勝は優れた陶工で、横浜や神戸にも積極的に出かけ、外国人にも焼き物を売り込む実業家としての手腕にも長けていた。
  • 東郷姓は祖父の代に買い受けたものだが、同じ薩摩出身の海軍元帥・伯爵東郷平八郎と血縁関係はない。
  • 母方の祖母エディ・ド・ラランド(東郷エヂ)はユダヤ系ドイツ人であった。

いったいどういうことでしょう。こういう血筋は日本の世論を代弁しないですね。
これでわかりました、なぜエヴァゲーニー大使が話を東郷和彦氏に振ったのか。
東郷和彦氏は東郷姓を名乗るべきではないですね、煩わしい。

さてロシア側は北方4島の問題をどうとらえているかですが、
日ソ中立条約を先に破ったのは日本と主張しています。
満州での日本の軍事演習で、当時ドイツと戦っていたソ連が
極東に軍事力を置かざるを得なかったといっています。
ですが日本は日ソ中立条約以降、
演習で国境は超えていませんし、ソ連側に発砲もしていません。

また戦争が終わったのは1945年9月2日の日本の降伏文書への署名で、
ポツダム宣言で日本が戦闘を中止した8月14日以降、
9月2日までにソ連が北方4島に進行したとしても問題ないという見解です。
しかし現実にはポツダム宣言の受諾で戦闘が終わり、
その後にソ連の軍人が銃と戦車で島に進行し、
当時住んでいた17000人の日本人を強制退去させましたから、
火事場泥棒的な行為です。
この点が議論されず残念です。
東郷和彦氏には腹立たしさを感じます。日本国民を全く代弁していませんね。

そしてもっとも重要な点ですが
1945年2月の米・英・ソ連のヤルタ会談で、
ソ連の日ソ中立条約の破棄・対日参戦・南樺太と千島のソ連侵攻が承認されました。
これがロシア側が強気に出ている理由ではないでしょうか?

ところがWWⅡ後の東西冷戦がはじまってから、米国は態度を豹変し、
1956年に共和党アイゼンハワー政権は
「(ソ連による北方4島占有を含む)ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、
米国政府の公式文書ではなく無効である」との米国務省公式声明を発出しています。
また、アメリカは、1951年のサンフランシスコ講和条約批准を承認する際、
決議において
「この承認は合衆国としてヤルタ協定に含まれているソ連に有利な規定の承認を意味しない」
との宣言を行っています。

にもかかわらず現在、米国の地図では北方4島はロシア領になっています。
米国とはどういう国やねん!

さらに米国は1956年、当時の鳩山一郎首相は訪ソし、
日本が国後島と択捉島を含む千島列島を放棄し、
色丹島と歯舞群島の返還によってソ連と平和条約を締結しようとした時に、
ダレス国務長官が重光葵外相に対して、
「日本が二島返還で決着させるなら、沖縄は永久に返還しない」と言い放ちましたね。

北方4島は米ソの駆け引きが理由で解決されていませんが、
日本は冒頭で上げた⓵⓶⓷をもっと国際社会に発信していく必要がありますね。
その上で日露で話し合いをすればいいと思います。
まず日本側の言い分・ロシア側の言い分を両政府が両国民に明確に示すことです。
特に米国盲従を国是とする日本政府です。
東郷和彦氏などのような人物を、外務省に入れたらいけません。
それに前述のように、
日露の接近をうれしく思わない米国が日本の官僚と自民党に圧力をかけると、
いつまでたってもこの問題は解決しないでしょう。

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コメント

  1. アイデア太郎 より:

    戦争で負けたので、千島列島を取られたのは、仕方のないことです。
    歯舞、色丹でも、戻ってくれば、良しとしましょう。
    最小の返還を最大限有効活用する方法として、次のやり方はどうでしょう。
    色丹島と国後島の南側の一部と、交換できませんでしょうか。
    その事はロシアにとって、国後水道の防衛は今までどうりできます。
    実現できれば、北海道と国後間に橋を架けましょう、そして日本人街を作りましょう。
    その街には、大型ショッピングセンター、温泉旅館、医療施設つき保養所、中古車センター、100円ショップ、無料日本語学校、コンビニ、ファーストフード店、ファミレス他を作ります。
    さらに国後島全土の道路できれば左側通行へ変更し、電気、ガス、下水道のインフラも新設、整備する事になります。
    ロシアとの国境をゆるやかにして、LCC利用のロシア観光客も呼び込みましょう。
    ロシア島民、及びロシア観光客にとって、良いことがたくさんあります。
    新鮮な海のサチだけでなく、安全で新鮮な生野菜、果物も安価で手に入ります。
    壊れない日本製の安価な中古車、便利な日本家電製品、100円ショップもおどろきでしょう。
    また緊急医療案件でも、今までのようにヘリをチャターせずに、救急車で日本の病院へ配送可能です。
    そしてロシア地区から、日本語の話せるロシア人達にマイカー通勤してもらいましょう。
    以上ロシアにとってのメリットは、防衛の維持と、島民の雇用、島内のインフラ、地域おこしほかです。
    日本側は防衛上も安心だし、漁業水域の拡大につながり、ロシアとコラボという観光で成功すると思えます。

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